2015年8月17日月曜日

「なぞなぞ。夏になると急に動きが悪くなるものなーんだ。」
彼女はそう僕に問うてきた。考えるフリをして、あたかも考えているる風を装おうとして、腕を組み彼女から目を離してみる。正直何が何だか、全然答えの見当がつかないので、外の景色に目が行く。今日も熱い。青空とも言えない、霞みがかった空。視界を奪う気のないやる気のない霧のように、僕から青だけを奪う雲。いい加減飽き飽きしていた、8月の半ばだった。
「答えは君でした。」
彼女はそういった。考える時間すらまともに与えてくれない。
「僕?」
「そう、君。」
彼女は笑っていう。
「だっていつもつまらなそうじゃん。私の声も耳に入ってないみたいだし、どこかに行こうと言っても暑がるし。何、いったい何が不服なの?」
べつに、と言葉を逃すにとどまる。何の不満もないけど、あえて言えば何の満足もないのが不満だった。
「きみはいつだってそうだ。私のことを好きだとか、平気で言うくせに、いつも楽しそうじゃない。大体の場合、楽しそうじゃない。こんな美人放っておくなんて贅沢ものだよ。」
彼女は若干ふくれっ面めいた顔をする。あたかも怒っているように顔をつくる。僕はその顔が半分本当で、半分嘘なのを知っている。そしてその全部が心地よく目に入ってくるのを幸せに思う。これは本心だ。
「ごめんごめん。だってさ、うるさいじゃん。セミ。扇風機。車の音何もかも。」
「私は五月蠅くないのに?」
「たとえ五月蠅くても、そこに君がいるのは僕がそうしようと思っているから在る結果だ。不満も満足もあるが邪魔じゃない」
「あんた誰よ、いったいどんな妄想家なのよ」
彼女の言葉で僕はいかに臭い言葉を言ったか一瞬考えたけれども、考えることをやめにした。
「まぁ、そんなやつだから仕方ないよ。」
僕は自嘲的に言う。そして意味もなく空を見る。
彼女は、ふーん、と関心なさそうに応え、立ち上がって、キッチンへ向かった。
 憎き蝉どもめ。君たちは何故僕らの静かな時間を奪うんだ。その7日間の命を子孫繁栄のためだけに費やすなんて、辛くないのか?仮に人間がそんな生き物だったとしても、毎日胸を張って、叫んで、辛くないのか?たとえ毎日がセックス三昧だったり、毎日女の子に言い寄られたりしても、やることが子孫繁栄だぜ?君たちの思いはどこにあるんだ?何の使命があって子孫を残すんだ?
僕だったら嫌だね。快楽だらけの人生だとしても、なんか嫌だ。毎日が快楽だとしても。
「それは人間の暴論だよ」
彼女はコップ片手に戻ってきた。モノローグを読む彼女。
「蝉は蝉で、あれが幸せだと思ってやっているんでしょ?幸せも何もないかもしれないけど。何かにつき動かされてやっているんでしょ。だったら文句言っちゃいけないよ。君は何でも、自分が正しいと思っている。違うよ、彼らには彼らなりの正しさがあるんだよ」
「僕だってそれくらいわかっている。ただ、蝉が人間だとして、彼らの一生を子供を産むことに費やす気持ちとはどんなものだろうかと考えただけだよ。」
彼女はコップを机に置いて横に座る。
「じゃあ、子供を産みもしないのに本能のままに動く人間って何なの?」
「生きるのに飽きた生物?」
 彼女は意味わかんないと言いながら、僕に口づけをしてきた。不意打ちだ。
麦茶の匂いがする。口から鼻孔をくすぐるように、麦茶の香りが僕の舌にのしかかる。彼女の口は冷たかった。氷が解けるようにゆっくりと、その冷たさも人肌になじんでいく。彼女の鼻息が逃げ場をなくして、僕の頬を撫でる。もみあげと、顔の産毛が引っ張られるような、真っ直ぐとした彼女の匂い。
 いきなりされたものだから、僕の目は開いたままだった。汗で艶やかな彼女の額で視界は染まる。彼女の目が閉じられているのを見て、僕の目はやり場もない。ゆっくりと視界を黒くした。足から力が抜ける。痺れるように、冷たくなるように。まるで彼女に脳をいじられてコントロールされているみたいに、僕は身動きもとれない。
「蝉にでもなる?」
唇を離した彼女は冷たく笑いながら、僕に聞いた。覚めていて、冷めていた笑顔で。何か企んでる。
「僕はもう生きるのに飽きているからね、それもまた一興」
「つまらない男だね、本当に。」
「ならどうして僕とこんなことをしているんだ?」
「私もつまらないから。」
「ならば君こそ蝉じゃないか」
「私は夢も目標もある人間です」
ふて腐れたように彼女は言う。
「なら一生君に付いていこうかな。」
そういう僕は、今年何回目かの彼女を見下ろしながら、なりゆきにまかせる。
溜息一つ、放り投げる。
さようなら。
僕はまた今日をなんとなくで殺していく。
6日目の事だった。