スライムが現れた。目を凝らす、レベル20。スライムのくせに中々強い。
さくせん、バッチリがんばる。たたかう。スライムに54のダメージ。スライムは倒れた。乗用車Aが壊れた。
スライムをやっつけた。
さくせん、バッチリがんばる。たたかう。スライムに54のダメージ。スライムは倒れた。乗用車Aが壊れた。
スライムをやっつけた。
やっつけたけど。
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「おにいちゃん、またやらかしたの?」
「従妹だからってそろそろ面倒みきれないよ?」
保険屋の団場さんに口酸っぱく説教された。団場さんは小さいころから「おにいちゃん」と僕を呼ぶが、僕は頭が上がらないので「団場さん」と呼んでいる。
「すみません、団場さん。」
「団場さんはヤメテって言ってるでしょ、おにいちゃん。」
「すみません、リンダさん」
「『さん』も禁止」
苛立った声色で団場さんは書類を机の上にドサッと置く。
「今回は本当に骨が折れたんだから。車壊された人、ありゃどう見ても聞いてもクレーマーだよ。『保険屋の小娘が何のようだ』って玄関から卵投げつけてきたんだよ?しかもゆで卵」
僕は思わず鼻で笑ってしまった。ゆで卵をわざわざ用意してるってどういうことだよ。
僕は思わず鼻で笑ってしまった。ゆで卵をわざわざ用意してるってどういうことだよ。
「笑ってんじゃねーぞクソ野郎」
小さな声でひとり言のように(あえて聞こえるように)罵声を漏らし、憎悪にまみれた眼差しを向けてきた。この前現れたサイボーグ不良よりよほど怖い目だった。
「おにいちゃん。こっちとしては契約を切りにきたの。わかる?もう次からは保険はおりないの。今回で最後。上がもう駄目だって。」
すでにそう言われるのが分かっていたような、そんな言葉だった。
「今回だって向こうのジジイは『訴えてやる』って喚き散らしてたのよ。『俺には有能な弁護士の友人がいる』とかいって。まぁ、超慈善活動保護法があるわけだから立件不可で裁判にはならないんだけれどもさぁ。」
僕はひたすら沈黙しているしかなかった。「すみません」はもう効力を持たない気がしたし、団場さんの苦労も知っている。「そこをなんとか」というセリフも、保険料の増額さえもギリギリのところで押さえてもらっている分、 言うに言えない。僕はひたすら机上の書類に目をやっていた。
しばらくの沈黙が続く。街中の小さな喫茶店は、壮年の読書好きと伯爵と呼ばれているマスターと僕らだけで、とても静かだった。メロウなジャズが小さな音量で流れ、差し込む日差しとコーヒーのふくよかな匂いが空気を輝かせていた。窓の向こう鳴るクラクション。背の高い女性のヒールの音が店内にまで聞こえる。小さな観葉植物が飾られた窓辺の向こうは、いつもの街だった。平和な街。
僕が何も言えないのを(言わないのを)見越して、団場さんはコーヒーをグイっと飲み、深いため息をついた。
「今回だって向こうのジジイは『訴えてやる』って喚き散らしてたのよ。『俺には有能な弁護士の友人がいる』とかいって。まぁ、超慈善活動保護法があるわけだから立件不可で裁判にはならないんだけれどもさぁ。」
僕はひたすら沈黙しているしかなかった。「すみません」はもう効力を持たない気がしたし、団場さんの苦労も知っている。「そこをなんとか」というセリフも、保険料の増額さえもギリギリのところで押さえてもらっている分、 言うに言えない。僕はひたすら机上の書類に目をやっていた。
しばらくの沈黙が続く。街中の小さな喫茶店は、壮年の読書好きと伯爵と呼ばれているマスターと僕らだけで、とても静かだった。メロウなジャズが小さな音量で流れ、差し込む日差しとコーヒーのふくよかな匂いが空気を輝かせていた。窓の向こう鳴るクラクション。背の高い女性のヒールの音が店内にまで聞こえる。小さな観葉植物が飾られた窓辺の向こうは、いつもの街だった。平和な街。
僕が何も言えないのを(言わないのを)見越して、団場さんはコーヒーをグイっと飲み、深いため息をついた。
「おにいちゃん、もうやめよう?28歳だよ?昔、隣に住んでたMJ。もう子どもがいるって。こないだ、旦那を連れて楽しそうに歩いてたよ」
団場さんは懇願するように説いてきた。MJ(三宅純子)、もう子どもがいるのか。すごいなぁ。
「情熱があるのもわかるよ。少し能力があるのもわかる。でも、毎回人に迷惑かけてちゃ」
「僕は迷惑をかけたいんじゃない」
遮るように僕は語気を強めた。
ふっと静かな怒りがこみ上げてくる。苛立ち、とでも言おうか。団場さんの言葉への苛立ち、僕自身への不甲斐なさの苛立ち。
遮るように僕は語気を強めた。
ふっと静かな怒りがこみ上げてくる。苛立ち、とでも言おうか。団場さんの言葉への苛立ち、僕自身への不甲斐なさの苛立ち。
「今回だって、救ったんだ。」
負け惜しみなのは僕にも分っていた。言葉に力がなかった。確かに、スライムに襲われていた少女を助け出した。それは事実だった。けれど、僕の技量が足りなくて、近くの無関係な車も壊してしまった。他の人なら、もっとうまくできたのだろう。ハットマンならもっと上手く、もっと鮮やかに。
負け惜しみなのは僕にも分っていた。言葉に力がなかった。確かに、スライムに襲われていた少女を助け出した。それは事実だった。けれど、僕の技量が足りなくて、近くの無関係な車も壊してしまった。他の人なら、もっとうまくできたのだろう。ハットマンならもっと上手く、もっと鮮やかに。
「ごめん、おにいちゃん」
団場さんは気まずそうに言った。「迷惑 」と言われるのを僕が嫌いなのを彼女は知っている。
団場さんは気まずそうに言った。「迷惑 」と言われるのを僕が嫌いなのを彼女は知っている。
「でも、おにいちゃん。おにいちゃんなら他のこともうまくできるよ。人を助けたいって気持ちはよくわかってる。世界を平和にしたいって気持ちは何度だって聞いている。でも、それだけじゃダメなんだよ。今回のジジイなんか私に『ねーちゃんが身体でも売ってくれるんなら』とかゲスい笑顔浮かべて冗談言ってきたよ。冗談を。」
団場さんが失笑しながらそう話すのを聞いて、僕は遣る瀬なかった。彼女の目には、諦観と悲しさが満ちていた。
団場さんは親戚だが確かに綺麗な女性だった。スタイルも良い。きっと会社でもマドンナみたいな扱いだろう。
そんな彼女が僕の顧問として就いてくれているのは、親戚だからというだけじゃなく、以前、僕が彼女を救ったからでもある。
ある日のこと。街の裏を歩いていると、丸坊主の小悪党に襲われている女性を見つけた。レイプだ、とすぐに分かった。僕は変身してから、そいつのもとに駆けより、一撃を食らわせてやった。うめき声を漏らし、動きが鈍る。その間に暴れないよう犯人をマジックロープで縛り、すぐに警察を呼んだ。
「お怪我はありませんか、お嬢さん」
と、口に貼られたガムテープをゆっくり剥がし、僕が手を差し伸べる。
「ケントおにいちゃん?」
と、その女性はたずねてきた。それが団場さんだった。衣服は乱れ、地面にスカートでへたりと座る彼女を見て、僕は強い苛立ちを覚えた。なんでこんなことに。
数分後駆けつけた警察官に手錠かけられ、警察車両に詰め込まれそうになる犯人の断末魔は
「あんな良い身体して歩いてるほうがいけねーんだよ」
だった。
団場さんは自身の体を抱きしめ、震えていたのを僕は今でも覚えている。
悪は、不幸は許すまじ。僕がよく知る人だったから、改めてそう決意を新たにしたのを覚えている。
団場さんは親戚だが確かに綺麗な女性だった。スタイルも良い。きっと会社でもマドンナみたいな扱いだろう。
そんな彼女が僕の顧問として就いてくれているのは、親戚だからというだけじゃなく、以前、僕が彼女を救ったからでもある。
ある日のこと。街の裏を歩いていると、丸坊主の小悪党に襲われている女性を見つけた。レイプだ、とすぐに分かった。僕は変身してから、そいつのもとに駆けより、一撃を食らわせてやった。うめき声を漏らし、動きが鈍る。その間に暴れないよう犯人をマジックロープで縛り、すぐに警察を呼んだ。
「お怪我はありませんか、お嬢さん」
と、口に貼られたガムテープをゆっくり剥がし、僕が手を差し伸べる。
「ケントおにいちゃん?」
と、その女性はたずねてきた。それが団場さんだった。衣服は乱れ、地面にスカートでへたりと座る彼女を見て、僕は強い苛立ちを覚えた。なんでこんなことに。
数分後駆けつけた警察官に手錠かけられ、警察車両に詰め込まれそうになる犯人の断末魔は
「あんな良い身体して歩いてるほうがいけねーんだよ」
だった。
団場さんは自身の体を抱きしめ、震えていたのを僕は今でも覚えている。
悪は、不幸は許すまじ。僕がよく知る人だったから、改めてそう決意を新たにしたのを覚えている。
「冗談じゃねーよ」
だから、団場さんのその言葉は重かった。フラッシュバックしたのか、俯いた彼女の目は潤んでるように見えた。
だから、団場さんのその言葉は重かった。フラッシュバックしたのか、俯いた彼女の目は潤んでるように見えた。
「おにいちゃんが守る世界はそんな奴も守ってるってことだよ?そんなクソみたいな奴のためにおにいちゃんが世間から冷たい目で見られたり、辛い思いしているのは見てられないの。意味ないじゃない、こんな世界。」
「僕だって、そういう輩は死ねって思うよ。文字通り「死ね」と。犯罪者予備軍だ、世界を不幸にしている遠因だ。でも、そういう人にだってできることがあるし、愛している誰かがいる。愛してくれる誰かがいる。だから、嫌な人だから、その人の幸福は奪われていいということにはならないよ。」
「僕が憎むのは悪じゃない。人の不幸だ、でしょ。聞き飽きたよおにいちゃん。」
ため息交じりに微笑む団場さんの笑顔に、僕の心は少し痛んだ。
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どれだけ気持ちがあってもできないことがある、うまくいかないことがある。そればっかりだった。
結局僕は、超慈善活動をやめることはなかった。しかし、保険が下りないからド派手なことはできなくなった。マジガンも使わなくなり、小さな事件を少しずつ解決していった。犯人を逃がしてしまうことも出てきた。
時々、絶対大丈夫と思ってマジックを使うと予想以上のことが起こったりもした。それでこないだは、おばあちゃんの乳母車を壊してしまった。おばあちゃんは、仕方ないことよ、と悲しそうな目で僕を励ましてくれた。弁償を申し出ると、
「ありがたいんだけれども、これはお爺さんからもらった大切な乳母車だったの」
と、断られた。いいのよいいのよ、と言われたものの、新品の乳母車を買ってあげることくらいしか僕にはできなかった。
悔しかった。
どれだけ気持ちがあってもできないことがある、うまくいかないことがある。そればっかりだった。
結局僕は、超慈善活動をやめることはなかった。しかし、保険が下りないからド派手なことはできなくなった。マジガンも使わなくなり、小さな事件を少しずつ解決していった。犯人を逃がしてしまうことも出てきた。
時々、絶対大丈夫と思ってマジックを使うと予想以上のことが起こったりもした。それでこないだは、おばあちゃんの乳母車を壊してしまった。おばあちゃんは、仕方ないことよ、と悲しそうな目で僕を励ましてくれた。弁償を申し出ると、
「ありがたいんだけれども、これはお爺さんからもらった大切な乳母車だったの」
と、断られた。いいのよいいのよ、と言われたものの、新品の乳母車を買ってあげることくらいしか僕にはできなかった。
悔しかった。
ある日、僕は街中で怪しい人を見つけた。アジア系の男だった。ポケットに手を突っ込み、大きなスーツケースを引いていた。帽子と、サングラス。怪しい。長年の勘で、僕はその男についていった。
その男は街中をひたすら歩いていた。人ごみを、人の集まるところを。
大きなスクランブル交差点を渡り、駅前の人ごみを抜け出すと、その男の手からいつの間にかスーツケースが消えていた。それに気づき四方を見まわしたが、誰に渡したかは人にまぎれ、わからなくなってしまった。
そのまま足を止めることなく男は歩いた。僕もその後を、引き続き尾行していった。
都会の中の小さな広場につくと、その男は広場中央の噴水前で足を止めた。僕は一声かけようと、そのまま尾行していた速度でその男に近づいていく。
男は空を見上げた。僕も上に何かあるのかと思い、空を見上げたが、何もなかった。一羽の鳥もなく、ひと筆の雲もなく、青空だった。周りは子連れの母親、散歩しているお年寄り、デート中の若者でにぎわっていた。
その男は街中をひたすら歩いていた。人ごみを、人の集まるところを。
大きなスクランブル交差点を渡り、駅前の人ごみを抜け出すと、その男の手からいつの間にかスーツケースが消えていた。それに気づき四方を見まわしたが、誰に渡したかは人にまぎれ、わからなくなってしまった。
そのまま足を止めることなく男は歩いた。僕もその後を、引き続き尾行していった。
都会の中の小さな広場につくと、その男は広場中央の噴水前で足を止めた。僕は一声かけようと、そのまま尾行していた速度でその男に近づいていく。
男は空を見上げた。僕も上に何かあるのかと思い、空を見上げたが、何もなかった。一羽の鳥もなく、ひと筆の雲もなく、青空だった。周りは子連れの母親、散歩しているお年寄り、デート中の若者でにぎわっていた。
ウ゛オォォォォォォォォォォ
突然、大きな叫び声が聞こえた、音の発生場所に反応して動いた目線の先にはあの男がいた。足を広げ、腰をやや落とし、手に力を込めていた。周囲の音が一切聞こえなくなり、耳が壊れそうな轟音だけが響いた。
身体が動かない。気付いた時には手遅れだった。
合わない焦点の向こうで、男は変身をしていた。
衣服は破け、中から茶色の獣の毛が生えが急速に生えていく。四肢は太くなり、筋肉の装甲をまとい始めた。全身が毛だらけになると、そいつはこっちに顔を向けた。その姿は、アニメでよく見るようなオオカミだった。鋭い牙、尖った顔。そして、殺意に血走る瞳。その目でこちらを向き、そのオオカミはにやりと笑い、一言残し跳躍した。
身体が動かない。気付いた時には手遅れだった。
合わない焦点の向こうで、男は変身をしていた。
衣服は破け、中から茶色の獣の毛が生えが急速に生えていく。四肢は太くなり、筋肉の装甲をまとい始めた。全身が毛だらけになると、そいつはこっちに顔を向けた。その姿は、アニメでよく見るようなオオカミだった。鋭い牙、尖った顔。そして、殺意に血走る瞳。その目でこちらを向き、そのオオカミはにやりと笑い、一言残し跳躍した。
「お前なら平気か」
オオカミの跳躍とともに身体の自由が戻り、すぐさま首と目がオオカミを追う。10m近くは跳んでいる。太陽に幻惑され、シルエットになるオオカミを捉えながら、僕は変身した。
手を拳銃の形にしながら、走り出す。周囲の一般人は未だ動けないようだった。人をかき分け、オオカミを追う。跳躍した先は、広場の端にある展示タワーだった。跳んだ高さのままタワーの真ん中あたりに掴まり、オオカミは頂上へよじ登っていく。
タワーからやや遠巻きに、僕はマジガンの射程にオオカミを捕捉した。あいつの狙いは頂上の展示会、そこで行われている宝石展。世界最大のピンクダイヤ。魔法の結晶化した、稀有な宝石だ。
立ち止まり、 狙いを定める。走りながらチャージしたマジガンはフルチャージされていた。手の拳銃の人差し指の先にオオカミを重ねる。オオカミは、ガンッ、ガンッと鉄骨の音を立てて登り続けている。
手を拳銃の形にしながら、走り出す。周囲の一般人は未だ動けないようだった。人をかき分け、オオカミを追う。跳躍した先は、広場の端にある展示タワーだった。跳んだ高さのままタワーの真ん中あたりに掴まり、オオカミは頂上へよじ登っていく。
タワーからやや遠巻きに、僕はマジガンの射程にオオカミを捕捉した。あいつの狙いは頂上の展示会、そこで行われている宝石展。世界最大のピンクダイヤ。魔法の結晶化した、稀有な宝石だ。
立ち止まり、 狙いを定める。走りながらチャージしたマジガンはフルチャージされていた。手の拳銃の人差し指の先にオオカミを重ねる。オオカミは、ガンッ、ガンッと鉄骨の音を立てて登り続けている。
外すな、よくねらえ。
自身に言い聞かす。
外したらタワーごと崩壊するぞ、中の人も、建物も、すべてが破壊されるぞ。
絶対に外すな。
心臓が高鳴る。外すなよ。
手が震える。外したら人が死ぬぞ。
息が上がる。外せない。
狙いを定める、大丈夫だ。
大丈夫、きっと大丈夫。大丈夫だって。外せない、外さない。
自身に言い聞かす。
外したらタワーごと崩壊するぞ、中の人も、建物も、すべてが破壊されるぞ。
絶対に外すな。
心臓が高鳴る。外すなよ。
手が震える。外したら人が死ぬぞ。
息が上がる。外せない。
狙いを定める、大丈夫だ。
大丈夫、きっと大丈夫。大丈夫だって。外せない、外さない。
僕は指先の魔力を放出した。翡翠色の光の玉が、指先を離れ空を進む。まっすぐ、まっすぐにタワーをよじ登るオオカミへ向かっていく。
大丈夫そうだ。狙いは合っていた。
よし、まっすぐすすめ、当たるぞ。
そのまま、そのまま。
少し、ズレている?大丈夫か?大丈夫だろう。
いや、ズレが広がっていく。
マズイ、軌道が、軌道が。
軌道が。それていく。
血の気が引いていく。
光弾はそのままタワーの芯、ど真ん中へ向かっていった。
あとすこしで、危険なことが。あと少し。あと少し。
頼む、逃げていてくれ。あり得ない可能性を神に願った。
着弾。そして、爆発せず。
翡翠の光弾は萎んでいく。そしてその先に黒い影が徐々に現れる。帽子と覆面、漆黒のマント。黄色い眼光。
大丈夫そうだ。狙いは合っていた。
よし、まっすぐすすめ、当たるぞ。
そのまま、そのまま。
少し、ズレている?大丈夫か?大丈夫だろう。
いや、ズレが広がっていく。
マズイ、軌道が、軌道が。
軌道が。それていく。
血の気が引いていく。
光弾はそのままタワーの芯、ど真ん中へ向かっていった。
あとすこしで、危険なことが。あと少し。あと少し。
頼む、逃げていてくれ。あり得ない可能性を神に願った。
着弾。そして、爆発せず。
翡翠の光弾は萎んでいく。そしてその先に黒い影が徐々に現れる。帽子と覆面、漆黒のマント。黄色い眼光。
「ハットマン」
希望が湧いた。光弾が萎み続けて消え去ると、ハットマンはこちらに一瞥した。黄色い眼光が険しくなった。侮蔑と、悲哀の一瞥が僕に刺さる。その意味は、この距離からでも分かった。
ハットマンはすぐさまオオカミのもとへ飛んで行った。タワーをよじ登るオオカミの背後に瞬間的についた。オオカミは何かの存在に気付き、ハットマンを認識するや否や、あっという間に地面へ落ちて行った。
宙を舞うハットマンの手から黒い紐が伸び、オオカミに刺さる。どうやら拘束したようだ。ハットマンの手からスルリと紐が抜けていく。
警察のサイレンがあたりに鳴り始め、オオカミの雄叫びから解放された人々も動き始めた。ざわめきと、空に浮かぶハットマンへの賛辞がどこからともなく湧く。ハットマンのコール、口笛、拍手。その中で、何もしなかった、できなかった僕はただのコスプレおっさんと化していた。賛辞を贈ることも、平和を喜ぶこともできず、ただ、自身が罪悪から免れられたことに対し、呆けていた。
上の空に、青空を横切る漆黒の戦士が目に入る。彼は僕の上空で止まり、そして両足を揃え降りてきた。あたりはどよめき、ハットマンと僕を囲むように散って行く。カツカツと長靴を鳴らしながら歩み寄るハットマン。僕の目の前で立ち止まるハットマン。その黄色い目は、憤りに満ちていた。
「お前は人を殺しかけた。恥を知れ未熟もの」
ハットマンはすぐさまオオカミのもとへ飛んで行った。タワーをよじ登るオオカミの背後に瞬間的についた。オオカミは何かの存在に気付き、ハットマンを認識するや否や、あっという間に地面へ落ちて行った。
宙を舞うハットマンの手から黒い紐が伸び、オオカミに刺さる。どうやら拘束したようだ。ハットマンの手からスルリと紐が抜けていく。
警察のサイレンがあたりに鳴り始め、オオカミの雄叫びから解放された人々も動き始めた。ざわめきと、空に浮かぶハットマンへの賛辞がどこからともなく湧く。ハットマンのコール、口笛、拍手。その中で、何もしなかった、できなかった僕はただのコスプレおっさんと化していた。賛辞を贈ることも、平和を喜ぶこともできず、ただ、自身が罪悪から免れられたことに対し、呆けていた。
上の空に、青空を横切る漆黒の戦士が目に入る。彼は僕の上空で止まり、そして両足を揃え降りてきた。あたりはどよめき、ハットマンと僕を囲むように散って行く。カツカツと長靴を鳴らしながら歩み寄るハットマン。僕の目の前で立ち止まるハットマン。その黄色い目は、憤りに満ちていた。
「お前は人を殺しかけた。恥を知れ未熟もの」
彼はそう言うと、僕の腹に一撃をめり込ませた。あまりの衝撃に一瞬宙に浮き、そして膝から着地し、崩れる僕。痛みは腹から心臓まで迫ってくるようだった。
あたりは更にどよめく。いったいなんだ、という疑問の声。あいつも敵なのか、という不安の声。うずくまる僕を見て、同情の念。ざわつくギャラリーをよその、ハットマンはその場からすでに去って行った。
あたりは更にどよめく。いったいなんだ、という疑問の声。あいつも敵なのか、という不安の声。うずくまる僕を見て、同情の念。ざわつくギャラリーをよその、ハットマンはその場からすでに去って行った。
「なんでそいつを殺さねぇんだハットマン!そいつもあのオオカミの仲間だろう!」
キャップを被った、中年太りの男がハットマンに呼びかけた。
「俺は動けないながらも見たぞ、その男がタワーを破壊しようとするのを!それをハットマンが止めたのを!」
あたりは更にどよめく。 僕は自分が何を言われているのかが分からなかった。
僕が?敵?
タワーを破壊しようとした?そんな馬鹿な。
痛みに耐えながら立ち上がる僕を見て、新たな声が聞こえてきた。
僕が?敵?
タワーを破壊しようとした?そんな馬鹿な。
痛みに耐えながら立ち上がる僕を見て、新たな声が聞こえてきた。
「わ、わたしも見たわ、その男が緑色の光線をタワーに向けて打つのを!」
確かにそうだ。僕は確かに、マジガンを打った。だが、タワーをよじ登るオオカミめがけてであり、タワーそのものを狙ったわけじゃない。
そもそも、僕が敵の一派なら、どうして仲間ごとタワーを破壊するんだ。
そんな疑問も、つい先ほどまでのテロリズムから解放されたばかりの民衆には意味をなさなかった。正常な判断が失われている。
そもそも、僕が敵の一派なら、どうして仲間ごとタワーを破壊するんだ。
そんな疑問も、つい先ほどまでのテロリズムから解放されたばかりの民衆には意味をなさなかった。正常な判断が失われている。
「ま、まってくれ、僕は」
「てめぇはこないだのクソヒーローじゃねぇか、先週壊した車を早く弁償しやがれ」
先週の事件のジジイだった。なんでこんなところにいるのだろうか。
「こないだ強盗逃したダメ男じゃん」
学生風の若い女が汚い口調で僕をののしる。待ってくれ、僕は。
ゴツン。
突然後頭部に鈍痛を覚えた。頭に当たったと思しきものは、カラカラと音を立て、僕の左方に転がり落ちた。それは、石だった。
ゴツン。
今度は額に似たような痛みが走った。それは額にあたり、浅い切り傷を作った。やはり石だった。またひとつ石が飛んできた。またひとつ、ゴミ袋が。空き缶が、紙くずが。どこから飛んできたか分からない。
僕はただ、わけがわからなかった。
何かが飛んできて、何かを浴びていた。つつくような痛覚のシャワーに、僕はびしょぬれになった。
ゴツン。
突然後頭部に鈍痛を覚えた。頭に当たったと思しきものは、カラカラと音を立て、僕の左方に転がり落ちた。それは、石だった。
ゴツン。
今度は額に似たような痛みが走った。それは額にあたり、浅い切り傷を作った。やはり石だった。またひとつ石が飛んできた。またひとつ、ゴミ袋が。空き缶が、紙くずが。どこから飛んできたか分からない。
僕はただ、わけがわからなかった。
何かが飛んできて、何かを浴びていた。つつくような痛覚のシャワーに、僕はびしょぬれになった。
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気がつくと、僕は病院にいた。青いカーテン。白いベッド。ここは間違いなく病院だった。
右側頭部がひどく重い。いや、痛い。触れてみると包帯が巻かれている。どうしてこんなところにいるんだろう。この傷は。
ガラガラという音とともに、看護師が現れる。横になりながら額を触る僕を見て、驚いた顔して部屋を出て行った。
一分もしないうちに医師を連れて先ほどの看護師がやってきた。
「倉さーん、大丈夫ですか?」
看護師は心配そうに尋ねる。看護しの後ろからヌッと医者が出てくる。白髪で、やや面長の素敵なジジイだった。
「涙がでているけれど、目でも痛いのかい。」
医師はそう聞いてきた。そして、瞼の下を押さえ、眼球をむき出しにする。
ふむ、と一声漏らし、異常なしという風に身体を起こして、彼はカルテに目を向け始めた。
右側頭部がひどく重い。いや、痛い。触れてみると包帯が巻かれている。どうしてこんなところにいるんだろう。この傷は。
ガラガラという音とともに、看護師が現れる。横になりながら額を触る僕を見て、驚いた顔して部屋を出て行った。
一分もしないうちに医師を連れて先ほどの看護師がやってきた。
「倉さーん、大丈夫ですか?」
看護師は心配そうに尋ねる。看護しの後ろからヌッと医者が出てくる。白髪で、やや面長の素敵なジジイだった。
「涙がでているけれど、目でも痛いのかい。」
医師はそう聞いてきた。そして、瞼の下を押さえ、眼球をむき出しにする。
ふむ、と一声漏らし、異常なしという風に身体を起こして、彼はカルテに目を向け始めた。
痛くない。目はいたくない。痛いとすれば。
心だった。
心だった。